ジャパンプレミア スピーチ全文|言葉の置き場を探して(2)

ジャパンプレミア 祝辞全文
「Ryūsuke(濱口)は私たちに“冒険”を経験させてくれた。でも“冒険”という言葉は小さすぎる。それは、永遠に刻まれる“人生の経験”だった」エフィラさんは、受賞直後の壇上で、こんな味わい深い言葉を選んで語っています。岡本さんは、エフィラさんとの間で、「原作の書簡で起こっていることと同じようなことがエフィラさんとの間に起こったようにと思う」とお手紙をくださいました。
ドイツの児童作家、ミヒャエル・エンデが書いた童話『モモ』の中に登場する、「時間の守人」マイスター・ホラは、「宇宙にはまったく一回きりしか起こりえないようなやり方で、たがいに働き合うような瞬間」があり、それは、「「星の時間」と呼ばれるものなのだ」とモモに語ります。その瞬間には、あとにもさきにも起こり得ないようなことが起こるけれど、大抵の人はそれに気づかず、「星の時間」は過ぎ去ってしまうのだと。
宮野さんと私の間に流れていたのは紛れもない「星の時間」でした。そしてその「星の時間」は、エフィラさんと岡本さんの間にも流れていたのではないかと思うのです。
では、その星の時間が可能になるのはどんな時なのか。私はカンヌで、ここにいらっしゃる皆さん、さらにはフランスの俳優の皆さんが口にしている言葉を聞き、その答えを得た気がしています。
皆さん口々に「濱口さんは敬意をもって自分たちに接してくれた」、「人間として扱ってくれた」。そうおっしゃっていました。
この映画は技術だけで作られているわけじゃない。「目の前にいる、その人全体を大切にする」。濱口さんのそのような真摯な姿勢が、波紋のように俳優とスタッフの間に広がったからこそ、星の時間が生まれうる天空が立ち上がり、星の時間が顔を出した。主演のお二人はそれを掴み取って、その中を生きた。そう思うのです。
とはいえ、「人を大切にする」とは、とても根気のいる、泥臭い作業です。実際濱口さんは5年という歳月をかけて、私たちの書簡を大切にしようと、音読までしながら何度も何度も向き合い、その底を流れる、文字にはなっていない、私たちの「声」を汲み上げようとしてくださいました。
この映画には、「目の前の何かを大切にする」という、華々しさとは正反対の作業に、心を砕いてくださった多くの方たちがいます。観客の皆さん、3時間を超える長い映画ですが、この作品はこのように作られているので、ぜひエンドロールまで楽しんでいただきたいと思うのです。この映画はそれだけの価値のある作品です。
最後になりますが、ヴェルジニー・エフィラさん、岡本多緒さん。受賞をうけ、エフィラさんが岡本さんの手を引いて壇上に上がる姿、涙を浮かべながら満面の笑みで互いを称え合っている姿、そしてスピーチをされている姿は、あまり重ねてはいけないと思いますが、宮野さんと私には達成できなかった、でもそうであれたらと心から願っていた光景のように思えてなりませんでした。
愛されるだけではなく、愛する俳優として、私には見えなくなるくらいの高みまで、どこまでも羽ばたいていってください。本当におめでとうございました。