花束は、枯れるからこそ意味がある
気づいたら8月の終わり。あっという間に今年の終わりも見えてきましたね。2026年上半期は、花束をたくさんいただきました。
磯野真穂
2026.08.30
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『急に具合が悪くなる』の映画化、さらにはカンヌ映画祭での主演女優賞受賞(繰り返しますが、獲ったのは私ではありません)があり、上半期は、お花をたくさんいただきました。
とはいえ、原作は2019年からずっとあって、私は映画制作に関わったわけではありません。なので、「お花をいただくほどお祝いしてもらっていいのかな」という気持ちがよぎることもありましたが、いただくたびに、華やかで嬉しい気持ちにさせてもらった次第です。
振り返ると、私が花束をたくさんもらったのは、人生2回目。1回目は昨年「『コロナ禍と出会い直す 不要不急の人類学ノート』(柏書房)で、山本七平賞をいただいた時でした。
意味合いは随分異なりますが、花束をたくさんもらうタイミングが、人生で2回もあるなんて、とても幸運なことだと思います。
花束は枯れる
お花を活けるという美的感覚がなく、家にある花瓶は1つだけという私ですが、花束をもらうたび、家の中にあるさまざまな入れ物を駆使して、全てのお花を飾ることにしています。
そうやって毎日お水を変えていると、当然ながら花束は少しずつ枯れていきます。そして、その様子を見ながら思うのです。